事業概要

東京保健生協のあゆみ
  当保健生協は、文京・豊島における3つの医療運動の流れが合流して成立したという特徴をもっ ています。1つは、主に氷川下地域で活躍していた日医大セツラーを中心とするセツルメント運動の流れです。2つ目は、文化人や知識人・地域住民などにより結成され、主に根津地域で展開された、「本郷健康文化会」による地域保健活動の流れです。そして3つ目は、鬼子母神診療所を系譜とする民医連運動の流れです。

  これら3つを源泉として生まれてきた各診療所は、それぞれ成立過程の相違はありながらも、その後有機的に連携してゆき、1981年10月には東京保健生協と鬼子母神保健生協の大合併が実現しました。翌年の3月には新病院(現東京健生病院)が完成、今日に至るまで上の表のように、都内最大の医療生協として発展してきています。

※セツルメントとは
  イギリスで産業革命後、インテリゲンチャ(知識人)が労働者街に入り、住民に密着して啓蒙・救済活動などを行ったのに始まる組織。日本では関東大震災の救護活動を通じて活動が恒久化し、後に帝大(現在の東京大学)セツルメントも生まれ、学生の手による社会事業活動として進歩的役割を果たした。教育活動や調査活動、医療活動、法律相談などが展開され、後には消費組合部もおこされた。

東京保健生協の歴史
年表はこちらから

2013年度活動のまとめと2014年度活動のすすめ方
第64回通常総代会議案

東京保健生協の現況(2013年度)

組合員数 49,873人
出資金 19.4億円
事業収益 68.5億円
総資産合計 68.9億円
純資産(自己資本) 5.2億円