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●●ドクター紹介 …岡部 敏彦 先生(東京健生病院・大泉生協病院 医師)

岡部医師
患者と家族をを丸ごと支えることをめざして

 1970年に王子生協病院で生まれる。父は東京健生病院の臨床検査技士。母は狭山診療所(現荒川生協診療所)の医療事務兼ソーシャルワーカー。

 自らを民医連のサラブレッドと称す所以である。家庭の醸しだす教育力によって生きる方向性はおのずと定まっていたが「医師」を決定づけたのは高校時代に読んだ一冊の本、「福祉が人を殺す時(1980年刊)」との出会いであった。生活貧窮者が続出する中、生活保護を切り捨てる措置によって医療を受ける権利を侵害する現状を告発する書物と出会って強い衝撃を受ける。何処に身を置くことで貧しい人々を救えるかと考えた時、地域に根ざす医師の姿が見え敢然として医師を目指す。

 多浪して福岡大医学部へ。内科医師として14年目となる今、多忙を極める業務の中でも高齢者への尊崇の思いは何よりも大事にしている。誠実に積み重ねてこられた日々にお礼を言いたい気持ちで患者と接する。しっかりとみっちりと診せていただく。診るのは病状だけではない。病歴、生活歴、入院となれば家族との関わり、本人の思い、家族の思いを知り、受け止め、患者と家族を丸ごと支えることを目指す。「大丈夫ですよ、一緒にがんばりましょう」と、看護師も医療相談員も知識と技術と知恵を寄せ合う。

 医学生時代には、その後国会議員として活躍される小池晃医師との交流もあり、フランス医学生のデモを取材された小池先輩の報告会を聞いた思い出を語る。

 東京健生病院では、外来診療の傍ら研修医の指導担当を5年間務めた。忙しさは倍加するが、若く、優秀で意欲的な期待の星と共に学び成長できる研修指導医は大好きで、一昨年から大泉生協病院の病棟も担当。地域の特性も知り、大泉生協病院にも愛着が生まれている。

 趣味の問いには「敬愛する人の、又その人についての著作を読むこと」と云う。その人の名はチェ・ゲバラ。彼は正義感の強い革命家だが温情もあり、ユーモアもある平和の人、広島にも来たことがある。キューバだけでなく南米の貧しい人々の差別とも情熱的に戦ったと賞賛の言葉が尽きない。

 看護師の妻と4人の子供(男児2人・女児2人)男児とは野球・サッカー。女児とは韓流ドラマを語り、お風呂を楽しむ。超多忙はここでも、しかし気分はゆったり。荒川区在住。

聞き手*編集委員