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●●ドクター紹介 …今藤 誠俊 先生(よみせ通り診療所・ 所長)

患者さんを丸ごと 家族のかかわりのなかでとらえて、診ていきたい

 「こんどう」とお読みする。鳥帽子を頭に載せれば忽ちその上の藤原の某氏(なにがし)になりそうな典雅な面立ちである。しっかり目を見て話をされる。前号に「赴任しました」と自己紹介されているからご記憶の方も多いかと思われる。

 1980年1月、2人の姉を持つ長男として長崎市に生をうける。長崎では珍しい雪の日だった由。すぐに香川県高松市に。ここで6年を過ごす。

 香川といえば讃岐うどん。幼児とは思えぬ量を食べてまわりを喜ばせたらしい。今でも讃岐うどん日本一の認識は変わらない。

 その後、父の出身地である兵庫県姫路市に移り、ここで小・中・高時代を過ごし、岡山大学医学部にすすむ。中学時代は社会科、特に歴史に興味を持つ。白鷺城の呼び名で親しい姫路城も好きだった。スポーツは野球。内野手とし て活躍。高校時代から参加してきた「灘のけんか祭り」がある。地域の者だけが参加を許される祭りで、傍らのパソコンを開いて動画を見せていただきながら説明をうかがう。まわし一本の裸の男たちの体力と知力とチームワークがぶつかり合う。暴れれば暴れるほど神様も喜ばれるらしい。今年の祭りの日は「姫路の人」になっている筈である。

 さて大学。医師を選んだのは「人の役に立ちたいから」。父の生き方に多くを学ぶ。建築関係で単身赴任も多い生活の中で「会社でも地域でも家庭でも役立とうと努力を惜しまぬ父の姿から仕事即人の役にたつ医師を選択。細分化された医療の現場は取らず、患者さんを丸ごと家族のかかわりのなかでとらえて診ていく家庭医を目指す。パッチアダムスの「人を笑わすことは人を助ける」という説に共感。寛いで笑いのある診療室をと心をくだく。着任2カ月で「診療所の空気が変わった」と職員をして云わしめている。この日も診察室から出てきた患者さんが「あ?っ良かった。先生と話できただけで元気がでた。頑張って来てよかった」と大声で話していた。火曜日は鉄砲洲診療所で診療。

 趣味は歴史探訪。スポーツはフットサル・サッカー・ランニング。健康のために自転車通勤を検討中。読書は今棚上げして夏に迫った家庭医の試験に照準を合わす 。

 「結婚のご予定は?」「公式にはありません」「?」文京区在住。

聞き手*編集委員