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漢方の話… メタボがマチュピチュへ行く

  鉄砲洲診療所所長
  沖山 明彦
 

 明治に医学から漢方が排斥され、大正から昭和初期、漢方医学は絶滅寸前であった。この頃、千葉医専卒後、漢方に道を転じ、漢方復活に生涯をささげたのが、森道伯(敬称略)であった。後に一門の人々が先生の漢方医学体系を「一貫堂医学(いっかんどういがく)」と呼んでまとめた。この医学では、現代人の体質を三大分類する。それは(1)「お(やまいだれに於)血症体質」、(2)「臓毒証(ぞうどくしょう)体質」、(3)「解毒証(げどくしょう)体質」である。そして、それぞれに対応した漢方が用いられる。メタボのひとつは、この(2)ともいえる。臓毒とは臓器の毒(風毒、食毒、当時のことで梅毒、水毒)でその毒が体のあちこちに蓄積して病気を起こすと考える。食毒は急性中毒ではなく、食物による慢性の「自家中毒」といい、疎食菜食者には食毒はあまりないが、都会生活での美食家に多いという。もっとも、都会でも深く貧困が進んでいる今日、単純には言えないが。

 さて、この(2)の体質を治療するのが「防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)」である。この漢方を使う症状は、硬肥り、太鼓腹の肥満、赤ら顔、首が太い、のぼせ、耳鳴り、便秘、尿の色が濃く少ない、汗をかかないなどである。ところで、同じメタボでも水ぶとり、汗かき、膝などの関節痛、足のむくみがあると、「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」を選ぶ。

 後者のメタボ(やつがれ)が地球の裏側、ペルーのマチュピチュへでかけた。インカ帝国の遺跡を尋ねるということだが、高山地帯(ところによっては、まだ登ったこともない富士山よりも高い)である。ものの本を急ぎ読んだ。腹式呼吸、1分間30歩、糖分や水分の補給、そして「禁酒」。「出腹」を固めて出発。ツアーの最後尾を喘息体操での「お腹へこましゆっくり吐息、お腹ふくらまし鼻から吸気」を歩きながら実行。それでも酸素飽和度87%(添乗員さんのパルスメーターによる)はきつい。ツアーでは一人91%の新婚の新郎が毎食時うまそうにビール。モロコシの酒「チチャ」も飲まず…無事に帰国。

 往診を終わり帰ろうとしたら呼び止められた。玄関の灰色のぬいぐるみを指差し、「ペルーへ行かれたそうで、これわかります」。「アルパカですか」。「私の親戚が戦前ぺルーへ移住し仕事をしていたときにもらったものです。アルパカも黒くなりましが。その人はもう亡くなりました」。高齢者は最上階が住まいだ。エレベーターがないと、階段を上がりながら「マチュピチュ、マチュピチュ」と独りごとがでる。ある老舗蕎麦屋さんの階段を上りきったら「ホッピー」のポスターがとび込んできた。「マチュピチュ、マチュピチュ、ホッピー、ホッピー」。