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生きる意味

  北園訪問看護ステーション所長
 古川 あけみ


 認知症で食事が摂れなくなり、入院していたAさん(81歳)が自宅に帰ってきました。病院から訪問看護ステーションへの申し送りでは、介護者である奥さんがたびたび口にする「食べられないなら生きている意味がない」という言葉が気になりネグレクト(介護放棄)になるのではと心配されていました。

 看護師が自宅に訪問するうちに見えてきたのは、認知症で衰えていく夫への妻の思いです。認知症で会話もなく食事が摂れないことは、妻としては受け入れられない現実でした。

 妻が作った食事を、夫が「おいしい」と食べてくれるのが夫婦の日常生活であり、妻としての生きがいでもありました。しかし、食事がとれないことは、命の終わりが近いことも意味していました。IVH(※)や胃瘻などは望まず、自然に看取りたいという思いと、何もできないもどかしさから「生きている意味がない」という言葉になりました。妻自身も胃癌の術後で体調に不安ももちつつ、自宅に帰りたいという夫の希望に添えるか、不安だらけだったのでしょう。しかし、おむつ交換なども自分でしてみると気丈にふるまわれ、困ったときはヘルパーさんを頼む約束で、訪問看護の支援のみで在宅へ戻りました。退院後は末梢から最低限の量の点滴を毎日繋ぐよう訪問しました。自宅に帰られてからの夫婦の穏やかな表情と生活状況を見守りつつ、妻の不安に寄り添いました。「食べなくてもいいのね。これでいいのね。」と繰り返しの確認。

 「もう少し早く帰してやればよかった。でも家に帰れてよかった。手伝ってくれて本当にありがとう。」と語る妻に安堵の笑顔が見られた時、訪問看護師として終末期の介護に不安を抱いていた妻を支援できたことを嬉しく思いました。

 ※IVH=中心静脈栄養