ニュース&トピックス

漢方の話…因幡の素兎は和方のはじまり
鉄砲洲診療所
沖山 明彦 医師

神社巡りが流行とかで、私より若い職員が出雲大社へ行くという話を聞いた。皆、既婚者ではあるが。
「古代出雲の薬草文化」という本には、古代、出雲は医薬・医療の国であり、その道をひらいたのが、出雲大社のおおくにぬしのみこと御祭神「大国主命」と記されている。大国主命おおなむちのみことは、別名大己貴命、「大黒さん」と呼ばれる。
「古事記712年」には、大国主命が「騙したワニ(ふか?)に逆襲され、皮をはがされ、その後、別の神様にも海水で洗い陽に当たれと騙され、苦しんでいる因幡の素兎」を救った話が記されている。この時は、淡水で洗い、蒲の穂で治したという。ヒメガマ、ガマ、コガマの夏の花咲きほおう掛けの雄花穂「蒲黄」を採取し、ふるいにかけて花粉の粉末を用いる。中ほんぞうこうもく国の「本草綱目」では、内服での吐血、喀血、下血、血尿、外傷などあらゆる出血に用い、また利尿作用の記載はあるが、やけどへ外用はないという。
日本の最も古い薬物療法の記述で且つ本邦独特の治療とされている。

「古事記」には、それぞれ55種の植物と動物の記載がある。日本の古代にも他の国と同様に独特な医療や薬草文化はあったと思われるが史書の記載は飛鳥時代以降と言われる。聖徳太子等が編纂した歴史書は喪失しているので、「古事記」や「日本書紀720年」に伺うしかない。そして、官命による諸国の「風土記」の編纂が始まり、その中いずものくにふどきで「出雲国風土記733年」は完成度が高いとされ、90種余りの使用薬物が記載されている。
日本における医学・薬術の神様というと、大国すくなひこなのみこと主命と少彦名命と言われる。この二神は勿論、国造りにもかかわった神とされる。少彦名命は外国から海を渡って来た小柄な神様くしのかみで、久斯神とも呼ばれくしる。久斯は奇に通じ、奇き力から「くすり」の語が生まれた。

現在では医薬、病気に関する神社は少彦命一神を祀る神社が多いとか。日本古代の独特な伝統医療は、「和方、倭方、古医方」といわれ、そのだいどうるいじゅうほう様子は「大同類聚方808年」から伺われる。そこには、先の二神の神伝とされる和薬が多く収載されているという。この和方を極めんとした国学者が幕末期のおおやまあふり大山阿夫利神社ごんだなおすけの権田直助宮司である。
権田直助は、師にめぐまれず、国を治す道に進んだ。おおみわ奈良盆地南東の「大神じんじゃ神社」は三輪山(美和山)をご神体とする最古おおの神社である。祭神の大ものぬしのおおかみ物主大神は大己貴神と同じ神という。この神は酒の神で少彦名命は酒造りの長官とされる。ミワとは「神酒・和語・美和」とあるように神酒を意味する語でもある。また、酒を「クシ」とも読み、これは「くすり」の語源「奇し」の名詞化であり、古代も「酒は薬」であったとか。この神社では、酒屋のシンボル「しるしの杉玉」が作られている。

里見流で飲もうと立ち寄った時に、いつものお酒がなく、店主が奈良のみもろすぎ「三諸杉」を勧めてくれた。この原稿を準備していた時で、お告げでもあったのか。
三輪山は古来、三諸山と呼ばれた。この酒は、その地の伏流つゆはかぜ水と、酒米の「露葉風」から作られる。すっきりしたのどごしだった。一転、また漢方や外用薬などの保険はずしが登場してきた。のんびり飲んでいる場合ではないぞ。