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病気の話…治療同意能力と判断力
高齢者と精神症状 判断力の問題(3)
東京保健生協精神科部長・大泉生協病院精神科
中島 昭 医師

拒食症 第32回
「食べない」という状態が続き飢餓状態となった時、ヒトの身体はどうなるか、二つの史実から考えてみる。

鳥取の城攻め
豊臣秀吉は天下統一の過程で、播磨三木城の兵糧攻め、高松城の水攻め、鳥取城の兵糧攻めと3度の城攻めを実行した。中でも、「鳥取の飢え殺し」と呼ばれた鳥取の兵糧攻めは凄惨を極めた。天正9年(1581年)、秀吉は因幡国の鳥取城に籠る吉川経家らを包囲した。城兵、農民4千人は籠城して4か月、絶望的な飢餓状態に陥っていた。城主の経家らの切腹の後に開城された。それまでの戦いで多くの者が命を落としていたが、開城後に別の悲劇が襲った。
生き残った兵、農民には米が配られた。飢餓に苦しんでいた人々は空腹の勢いで米を食べたが、食べた者が胃痙攣で半数が死亡したと記録されている。
以前は、「胃痙攣」により胃が破裂したものと理解されていた。しかし、この出来事は「リフィーディング症候群(refeeding syndrome)」と呼ばれる症状であることが現在では知られている。飢餓の身体状態において、急激に栄養が再(re)摂取(feed)されると代謝異常が連続して生じる。リン酸、カルシウム、マグネシウム、ビタミンなどの欠乏が身体合併症を引き起こす。特にリン酸欠乏によるリン血症が重篤な症状を引き起こすことが解明されている。
断食や絶食、或いは慢性的な低栄養状態により、自然な身体環境からあまりに離れてしまうと、その回復も容易ではなくなるということがわかる。

ミネソタ実験
1944年、第二次世界大戦中、ミネソタ大学でキース教授らは飢餓実験を行った。戦時下に低栄養に陥った者の状態と治療法を研究するという目的であった。対象は、兵役免除と引きかえに募集された健康な男性36人。方法は、最初の3か月は通常の食事、次の6か月は半分量の食事として、飢餓状態をつくり約25%の体重減少を生じさせる。次の3か月は通常の食事量に戻すリハビリ期間、最後の3か月は、自由に食事をとって良いという状況と設定した。
結果、基礎代謝が平均40%低下し除脈、低体温となった。関心が食べ物のことに集中。盗食、残飯あさり、大量の食べ吐き。焦燥、怒り、高揚感、抑うつ、無気力、無感動など様々な症状が認められた。万引き、指の切断などの自傷行為、自殺念慮を抱く者、数名は精神病状態となり精神科に入院した。