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鬼子母神診療所から…在宅看取り
最後まで末永いお付き合い(8)
「人生の最後までタバコを愛した男性のお話」編
鬼子母神診療所
所長 高岡 和彦 

生協組合員の皆様お元気ですか。秋には、「食欲の秋」・「運動の秋」・「勉強の秋」と色々な秋がありますが、皆様は、十分満喫されましたでしょうか。「在宅看取り」の話も8回目になります。

今回の主人公は95歳の男性です。戦後の日本を機関車の運転手として支え、定年まで勤め上げました。昭和天皇のお召列車を運行し、「恩賜のタバコ」を戴いたことが自慢でした。戦争で婚約者を失った男性は、生涯独身を貫きました。
健康面には比較的意識して、健康診断や健康祭りなどのイベントにも参加していましたが、禁煙だけは出来ませんでした。
定年後は年金暮らしとなり、定期健診のみ近くの診療所で行っていました。70歳の健診で肺気腫と肺線維症を指摘され、医師や保健師から禁煙を指導されましたが、禁煙は無理でした。90歳で要介護2となりました。その頃より呼吸困難が強くなり訪問診療を受けるようになりました。95歳で在宅酸素を導入し訪問看護も週2回導入されましたが、タバコを止める事は無く、独居生活を送っていました。時々、肺炎と呼吸不全で短期入院を繰り返しましたが、禁煙には至りませんでした。
「入院中もタバコが吸えないから早く帰してくれ」と医師に懇願しました。「苦しくてもいいから、自由にタバコが吸える自宅で最後を迎えたい」と希望が伝えられました。スタッフの間でケアカンファレンスが開催され、終末期の対応を協議しました。
火事の危険もあり、ケアマネさんとヘルパーさんは最後まで禁煙に執着しました。医師と訪問看護師はケアマネさんに押され気味でしたが、「ベッド上では喫煙しない事。吸い殻は水の入った灰皿に入れる事」を折衷案としました。
何とか暑い夏を越し秋に入った頃から寝たきり状態となりました。介護保険の区分変更を行い要介護5となりました。一人ではタバコも吸えなくなり1日1回、介助にて、むせながら喫煙されていました(喫煙を容認する事に反対意見は出ませんでした)。間もなく衰弱が進行し、発語も少なくなり、意思疎通は辛うじて頷く程度でしたが、介護スタッフに対する感謝の気持ちが感じ取れました。金曜日お昼のケアマネ訪問時に「最後に1本を吸わしてくれ」が最後の言葉でした。ケアマネ・介護スタッフ・訪問看護師が看守る中、婚約者の所へ静かに旅立たれました。

「終末期を在宅で迎えたいと思う患者とその家族」に対して患者・家族の意志を尊重し、多くのスタッフがそれぞれの専門的立場から濃厚に関わる事で安心して「在宅でのお迎え」が出来ると思います。一人で悩み・抱え込まないで皆で問題点を共有して解決する事が「チーム医療」だと思います。安心してご相談ください。