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漢方の話…蛙は春の目覚まし時計
鉄砲洲診療所
沖山 明彦 医師

三月六日頃から春分の前二十日頃までを啓蟄(けいちつ)といいます。昔は、蛇、とかげ、蛙を含め小さな生き物を虫といいました。冬ごもりをしていた虫たちが、春の気配を感じて、地面から顔をだすことを「蟄虫(すごもりむし)戸を啓(ひら)く」と呼んだのです。そのきっかけをつくるこの時期の雷の音を「虫出し雷」といい、這い出してきた蛙の鳴き声を時計に例えたようです。そして、蛙とくにヒキガエルは田の神の使いとされました。その姿は古墳にも描かれ、太陽には金の烏、月にはヒキガエルがいるといわれました。

二種類ある中国のヒキガエル(蟾蜍(せんじょ))の耳後腺や皮膚腺からでる乳液状の分泌物を蟾酥(せんそ)といいます。これは強くはないが毒性のあるガマ毒といい、ブフォトキシンや数十種類の強心ステロイドなどが報告されています。強心作用、局所知覚麻痺作用、胆汁・膵液・胃液の分泌作用、抗炎症作用などがあります。但し、日本の漢方薬にはもちいられていません。
しかし、大衆薬としては江戸時代から知られた薬があります。牛黄(ごおう)、真珠(しんじゅ)、麝香(じゃこう)、人参などに二種の生薬とこの蟾酥を加えた「六神丸(ろくしんがん)」です。「救心(きゅうしん)」にも蟾酥が含まれています。現在のガマの油には、蟾酥は含まれていません。

日本の蝦蟇(がま)は、アカガエル科ヌマガエルといい上記のヒキガエルとは別とされますが、「ガマの油」に触れてみます。ガマ毒については、中国では西暦1000年(宋の時代)に「本草衍義(ほんぞうえんぎ)」で登場します。その効能から戦による外傷に使われたようです。川中島の数度の戦いでも使われ、徳川家康が江戸入場し、以降、鬼門の筑波山に中尊寺を建立、そこの上人が「陣中膏ガマの油」を発掘、関ケ原の二度の戦さにも持参させたと伝えられています。

「さあさお立合い、御用とお急ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで見ておいで」。ガマの油売りの口上は前半では、興味を引く唐子発条(からこぜんまい)人形の話、陣中膏ガマの油の造り方、効能に及び、刃物の切れ味とそれを止める話に至ります。そこで。一枚の紙を次々に居合いで切り分けます。詳細は理事長にお尋ねあれ(根岸理事長は居合をしています)。最後に腕を切っても慌てずこの通りガマの油でピタリと血が止まると締めて販売に移ります。落語では香具師(やし)が飲んべえで、ガマの油をつけても血が止まらず。「誰か血止め薬を持っていないか」で落ち。

正月は東照宮へ行きました。三猿では、今年は耳をかっぽじって、目をもっと見開いて、口を大きく開けて、白衣のピンクバッジを輝かそうと思いました。そこで、栃木市片山酒造を訪れ、柏盛(かしわもり)「大吟醸ほほえみ」をいただき笑顔を取り戻しました。尚2月14日から3月21日は筑波山梅まつりで地酒試飲もできるとか。