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鬼子母神診療所から…在宅看取り
「何も良い事が無かったと人生を悲観して過ごした男性」編
鬼子母神診療所
所長 高岡 和彦 

生協組合員の皆様、こんにちは。威勢の良いお祭り事や風鈴の音が涼を感じる季節となりました。いよいよ暑い夏の到来です。こまめな水分補給とエアコン(扇風機)、夏用の衣類で熱中症予防をお願いします。お手元に健康診断や各種がん検診のお誘いが届いていると思いますので、受診券を確認して有効期限内に検査をお願い致します。

さて、今回は「天涯孤独を貫き、何も良い事が無かったと悲観して人生の最後を迎えた男性」を主人公に「在宅看取り」の1例をご紹介いたします(実例を参考に架空の設定を行いました)。
令和一郎さんは76歳の男性です。1年後に東京オリンピックを控えた昭和38年、20歳の青年が秋田から東京に出てきました。男性は孤児として施設で育ち高度経済成真っただ中の大都会に、夢と希望を抱いて生活を始めました。朝から晩まで仕事・仕事の毎日でした。秋田の10倍の収入がありましたが出ていくお金も多く「宵越しの金は持たない」を絵にかいたような人生でした。景気に左右されながら生活は変化し、時代も昭和から平成となりました。仕事と貯えが無くなり、体調を崩して入院を契機に生活保護を申請しました。検査の結果は末期の肺がんで、肝臓と脳に転移も見つかりました。
天涯孤独で身寄りのない一郎さんはケースワーカーと相談して残された時間を自宅で過ごす事にしました。独居生活は不安でしたが、「在宅療養に対して支援体制を準備できるから心配しないでください」と言われて安心しました。「俺の人生は何だったんだろう!」「何も良い事がなかった人生に未練は無いよ」とポツリとこぼすことが多くなりました。
通院できなくなり訪問診療・訪問看護・ヘルパーを導入して終末期ケアの体制を整備しました。幸い苦痛は無く衰弱だけが徐々に進行して行きました。日曜日のよく晴れた午後に、親身になって世話をしてくれたスタッフに「ありがとう」と感謝の言葉を残して旅立たれました。そのお顔はどこか晴れやかな笑みを浮かべているようでした。

「終末期を在宅で迎えたいと思う患者」に対して患者の意志を尊重し、多くのスタッフがそれぞれの専門的立場から濃厚に関わる事で安心して「在宅でのお迎え」が出来ると思います。一人で悩み・抱え込まないで皆で問題点を共有して解決する事が「チーム医療・多職種連携の基本」だと思います。安心してご相談ください。