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病気の話…医療倫理の話「医療介護・現場と倫理(7)」
東京保健生協精神科部長・大泉生協病院精神科
中島 昭 医師

第41回

社会適応という課題
定期健診も拒んで受けられない30代のAさん。採血のための注射などは今のところハードルはとても高そうです。血圧測定も未だ難しい。通常の医療行為を拒否してしまう方はAさんだけではありません。
知的障害を伴う自閉症の方々の中には、親しんだ環境やよく知っている人との交流であれば落ちついているけれども、慣れていない場所や人には過敏に反応してしまう方がいます。予測できないことが苦手で、それを避けようとして周囲からすれば思いもかけない行動となってしまいます。本人とすれば、自分のペースやルーチンを守り自分の内的世界を守っているのでしょう。
子どもは一般的に注射を嫌がりますが、医療者と協力して親はなんとか医療行為を受けさせます。Aさんも周りの子と同じように幼児期学童期までは予防接種などの医療受診はできていました。この時は予防接種を皆と同じように受けるという社会的な適応に問題はありません。
成長して体力がついたAさんはお父さんが説得しても病院受診はできません。このままでは、今後年をとり病気になったとしても医療受診ができないままでしょう。
その前に、突然走り出すことや自分の頭を叩く自傷行為などの衝動的な行動を自分でコントロールできるようにならなければなりません。Aさんは本来は穏やかな性格の青年なのです。しかし、その時は適応行動に大きな支障が見られる状態となっていました。

発達の特性と発達の障害
ここで、どこまでが特性、個性と見なされ、どこからが「障害(障碍)」となるのかを考えてみましょう。発達をみる時には、障害となり得る三つの特性の表現型に注目します。

(1)delay 遅れ
通常母集団で期待される達成年齢より遅い達成年齢。
(2)deviation 偏り
通常母集団で期待される認知・行動の量の幅を超えた行動。
(3)distortion 逸脱
通常母集団では見られない行動の反復出現。

特性とは「持って生まれた特徴」です。知能の発達が遅れ、7歳になった時に未だ3歳時相当の知能であれば、それは知能の「遅れ」と指摘されるでしょう。しかし、その「遅れ」が存在するということだけで「障害」と呼ばれるわけではありません。その遅れが原因で適応行動に問題が生じた時に、それは「障害」と考えられるようになります。
特性の範囲内にあれば、遅れや偏りや変わった行為があっても、周囲の人がそのハンディキャップを理解して生活を支援することで社会適応を成長させることができます。ところが、対人関係や集団での不適応の程度が大きくなった時、危険な行為が見られるようになった時は、特性と見なすだけでなく、障害としてどのような対応がよいのかを本人、親、支援者が改めて考えていくことが大切になります。